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復活の地

【Vol.6】 六本木ヒルズ〜古い住宅密集地区から垂直緑園都市へ

 複合文化都心の街づくりモデル
江戸時代には武家屋敷が並んでいた六本木六丁目一帯。戦後は焼け野原となり、次第に企業のビルと古い住宅地が隣接するエリアとなっていた。狭い路地が入り組み、消防車すら入れなかったこの街は、2003年、「六本木ヒルズ」として生まれ変わった。
地元住民との共同事業としての再開発
六本木ヒルズが計画される前の同地には、テレビ朝日の放送センターがあり、その南側のエリアは昔ながらの狭い路地が縫うように走る古い住宅地であった。テレビ朝日敷地を含むこの一帯は江戸時代に毛利家の上屋敷があった場所で、吉良邸に討ち入りを果たした赤穂浪士10名の身柄を預り、本懐を遂げさせた所でもある。また、この地は乃木大将の生誕地としても名高い場所であった。明治に入ると、中央大学の創始者、増島六一郎氏が自邸として毛利藩上屋敷東側エリアを入手した。

戦時中には焼け野原となったが、戦後再び昔の様相を取り戻す。1952年(昭和27年)にはニッカウヰスキーが、1977年(昭和52年)にはテレビ朝日がこの地の持ち主となる。毛利邸時代から敷地にあった池、通称「ニッカ池」は形を変えながらも残され、桜の名所として住民たちに親しまれていた。

このような歴史を持つ地の再開発構想は、昭和50年代から本社建て替えを検討していたテレビ朝日が港区に相談し、同社敷地を含めた地区一帯の再開発を区から示唆されたことに端を発したという。

当時、森ビルが建設中だったアークヒルズにスタジオを取得した同社は、この開発について、森ビルへ相談。地元・東京都港区の開発に努めてきた森ビルも同じく、超都心地区に位置しながらも、消防車も入れないほど狭い路地しか持たず、防災上も様々な課題を抱えていた六本木六丁目エリアの再開発が大きな課題であると考えていた。
再開発前の街並み

1986年秋、東京都が同地区を「再開発誘導地区」に指定した。それをきっかけに、テレビ朝日と森ビルは二人三脚で、地元への呼びかけを開始。街を形成するには、そこで生活を営む人やコミュニティがなければ始まらない。両企業は、地元住民との共同プロジェクトとしてこの再開発をスタートさせたのである。

竣工後の六本木ヒルズ 地権者数は約500。両社の担当者たちは、地権者一軒一軒のドアを叩いて、計画への参加を呼びかけた。また、アークヒルズの見学会を催し、街が生まれ変わる実例を体験してもらうといった機会も設けている。途中、地元住民によるニッカ池保存陳情の動きや、独自に建替を検討していた公団住民たちとの計画への参加交渉が難航したこともあったが、地道な活動の末、1990年にようやく再開発基本計画が打ち出された。この計画は「都心定住」「毛利邸の旧跡および樹林の保全・活用」「公共施設の整備」という3本柱に沿ったものである。

その年の暮れ、地元を組織化した「六本木六丁目地区再開発準備組合」が設立された。その後も地元組織との勉強会や交渉が続き、「再開発組合」設立までさらに8年の歳月を要している。工事の着工は2000年4月。3年後の2003年4月に竣工を迎えた。
24時間動き続ける都市機能が集積した街へ
六本木ヒルズは、オフィスや文化商業施設だけでなく、ホテル、公園、レジデンス棟を含んだ「一つの街」を形成している。さらに、災害に強い都市基盤と環境に配慮されたインフラも整った現代都市のモデルともなっている。かのニッカ池も現在は「毛利庭園」として、かつての面影を宿した緑に囲まれ、新たな日本庭園として再生されている。平面に過密配置されていた住宅は空に向かって伸び、その分空地が緑地へと変化した。六本木ヒルズでは、大半のビルの屋上が緑化されているのも一つの特徴だろう。

レジデンス棟には元からこの地に住んでいた人々はもちろん、新しい入居者も加わった。その他、テナント企業が入った棟もある。昨年、六本木ヒルズ自治会が誕生し、森ビルと連携して「地元」としての活動を始めた。実際、古くからの住民と新たな住民との間に地元コミュニティへの参加意識に差があるのも事実。この意識の差を埋め、新しいコミュニティを形成するのも再開発事業の一環といえるだろう。

現在、森ビルは完成した再開発地を地元と共にどう運営するか、という次の課題に取り組んでいるという。この地は、「人が生活を営み、働き、楽しむ」都心の街として生まれ変わったモデルケースである。

取材協力/森ビル株式会社
参考文献/『近代建築』Vol.57 (2003年8月、近代建築社)
『建築画報』Vol.40 (2004年3月、建築画報社)


■六本木ヒルズの施設配置図
広大な敷地に都市機能がレイヤーとなって凝縮されている
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