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| アジアへの窓口として、その地位を固めてきた福岡市。その中心部に、「キャナルシティ博多」が登場した。ここは中心部の発展から取り残されていた旧博多エリアに位置する。今回は、民間が手掛けた地方再開発の成功事例としても取り上げられるプロジェクトをご紹介しよう。 |
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| 九州の都市機能が集中する福岡市中心部 |
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福岡市中心部の南北を走る那珂(なか)川。1996年、この東岸・住吉地区にカラフルな巨大複合商業施設「キャナルシティ博多」(以下、キャナルシティ)が姿を現した。この地はかつての鐘紡福岡工場跡地であり、約3万5000m2の敷地面積を誇る。18年の歳月をかけ、地元デベロッパーの福岡地所の手によってホテル、店舗、オフィス、劇場、アミューズメント機能を集積した複合施設として生まれ変わった。
古代から海に拓けた福岡市は、九州でも都市機能が集中する人口120万人超の都市だ。現在の福岡市中心部は古くから港町として栄えた博多部、城下町として江戸時代に栄えた福岡部の2つのエリアを統合する形で発展してきた。とはいえ、福岡市が九州の中心として機能し はじめた歴史は意外に浅い。第二次世界大戦中に |

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政府が中央の出先機関を置いてからである。戦後も大手企業の支店進出が相次ぎ、支店経済が現在に至る同市の地位を固めてきたのだった。
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発展していくうちに、市の中心は徐々に福岡部の天神地区へと集中していく。バブル期には博多東部にあった福岡県庁の移転や地下街を中心としたショッピングゾーンが人の流れを作り、博多部ではわずかにJR博多駅周辺のみがビジネス拠点として残ったのである。93年に福岡空港−天神間が市営地下鉄で直結されたのも、天神への集中化に拍車をかけたといえよう。
天神地区とJR博多駅を結ぶ中洲・川端、そしてキャナルシティのある住吉エリアは、全国的に有名な夏祭り「博多祇園山笠」で知られるかつての博多商人の町だ。中洲は夜 |
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の街として現在も健在だが、中洲の東に位置する川端、博多駅地区に隣接する住吉は人の流れの変化から取り残されていった。キャナルシティは、この下降気味の街と天神・博多駅を結ぶ、活力ある中継地としての役割を担ったのである。
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| 劇場的な仕掛けをもつ回遊性の高いプランニングへ |
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福岡地所が同地の一部を入手したのが1977年のことである。もともと同社は入手した地にマンションの建設計画を持ち、1980年には、起工式まで行っていた。しかし、 跡地全体の取得の可能性が高まったことにより同社は起工式の1週間後、勇敢にもマンション計画を白紙撤回した。そして、停滞気味のエリアを復活させ福岡市中心部の全体活性化を促す目的で、ショッピングセンター、ホテル、オフィス、などからなる大型複合施設の事業計画、いわば“都市計画的視点を含んだ事業計画“へと大きく変更したのであった。
同社は福岡市の都市計画にも影響を及ぼすであろう複合施設プランを模索し、何度も見直しを重ねていった。1988年にアメリカのザ・シャーディ・パートナーシップがプロジェクトに加わり、「建物をつくる」プランではなく、同地の地理的環境を取り入れ、敷地に川の流れを引き込み「街をつくる」案が提出されたことによって、具体的な計画が前進を始める。このプランはさらに何度も見直され、川の流れを敷地に引き込まずに人工運河(キャナル)を設けた案で最終決定となった。そして1992年、福岡市から再開発事業の施行認可を受けると、福岡地所は計画実施へと移行したのである。
三角形敷地のキャナルシティを構成するビル群は、北端にシアタービル、東端はビジネスセンタービル、南端のダイエービル(現・メガストアビル)を頂点とし、福岡ワシントンホテル、グランド・ハイアット・福岡、アミューズ専門店ビルといった個性的な6棟。それらを地下1階レベルに設けられたキャナルがゆるやかに結び、中庭とともに敷地全体の回遊性も高めている。全体のデザイン統括に携わった柘植喜治氏(現・千葉大学工学部助教授)は、「水が流れ、それを見る観客がいる。水を背景に、モノや人、情報が出会う『都市の劇場』となる」と、キャナルシティのコンセプトを表現した※1。観光客や買い物客で賑わうホテルやショッピングビル、シアタービルから中庭を見下ろすとキャナルが一望できて、それぞれのビルの賑わいも感じられるように全体が構成されているのだ。また、中庭はそれぞれテーマを設けた5つのブロックに分けられ、歩き回っても飽きさせない工夫が随所に施されている。 ※1 『日経アーキテクチュア』1996年6月3日号p.79より引用 |
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| キャナルシティの敷地配置図(2006年現在) |
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| 商人の町の復活をかけて |
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開業した年の4月20日から5月6日までの来場者数は250万人、プレオープンから約1ヵ月で50億円を売り上げたキャナルシティ。以来、同施設は順調に業績を伸ばし、人の流れも大きく変えた。今では地元だけでなくショッピングや映画を目的に、周辺地域からも若年層が多く集まる福岡の定番スポットとして定着している。
実は、キャナルシティは、地方都市の商業施設としてはアクセスに難のある立地だった。博多駅、天神、中洲川端といった最寄り駅から徒歩10分という距離はマイナスポイントであり、周辺の駐車場が少ないのも不便とされていた。そのため、博多駅から散歩がてらにアクセスする人の動線を導く周辺街路の整備が開業前からの課題として挙がっていたが、それに呼応するように沿道企業が中心となって整備を開始した。キャナルシティ開業により、中洲川端駅から博多川沿いに走る川端商店街にも賑わいが戻り、老舗も次々に改装し、歩く人々も目立つようになった。また、博多駅⇔キャナルシティ⇔天神を結ぶ循環バスが整備されたことによっても課題は軽減された。今後は、史跡が多く残る博多部からの動線の確保が、さらなる中心部の活性化を図ると地元も考えているようだ。
キャナルシティの開業は、かつての商人町の回遊性を再び取り戻す起爆剤となった。1999年には下川端の再開発事業「博多リバレイン」も完成した。博多部がまた点から線へとつながれ、人の流れを更に変化させていくだろう。
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参考文献/
都市環境デザイン会議編著『日本の都市環境デザイン:中国・四国・九州・沖縄編』
(建築 資料研究社 2003年)
日経BP社『日経アーキテクチュア』 (1996年6月3日号P74-99 「キャナルシティ博多」)
全国市街地再開発協会編『日本の都市再開発−市街地再開発事業の全記録−5』
(全国 市街地再開発協会 2000年)
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