| 小説のモデルとなった人間的魅力。勝負師の時代と共に歩んだ一生 |
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さて、和三郎といえば、獅子文六の経済小説『大番』のモデルとしても有名だ。この小説では波瀾万丈の相場師、赤羽丑之助として描かれ、愛称はギューちゃん。貧農の出身である主人公が株取引の世界で成功していく様子が、時代背景とともにリアルに記されている。
和三郎は明るく豪放磊(らい)落、飾らない人柄でカリスマ性もあり、山崎種二と対比して“人気の佐藤、実力の山種”と謳われた。ユーモアとウィットがあり、株では“BULL”といわれる買い専門、一度決めたら猪突猛進。データよりも独特の動物的なカンと経験則で勝負を仕掛ける相場師であった。利益が出るとそれを上乗せし、さらに大きな勝負を仕掛ける豪快さが評判で、運も味方につけて成功を重ねた。
1949年(昭和24年)に経営を引き受けた合同証券が、1957年(昭和32年)に廃業。合同証券における和三郎の活躍は戦後復興期のわずか8年だが、腹心の安部慎とともに善戦した。 翌年、四大証券の市場支配が強まると相場師としての限界を感じたのか、不動産業・ゴルフ場経営に転じる。和三郎はこのとき「もはや相場師の時代ではない」との言葉を残して去るが、それ以後は個人的な株取引はあるものの、相場師として舞台に立つことはなかった。
1973年(昭和48年)末に脳溢血で倒れ、晩年まで右半身不随で闘病することになるが、市場で成功したまま引退した数少ない相場師として記憶に留めておくべきだろう。その佐藤和三郎も1980年(昭和55年)、78歳で逝去。「一生分稼いだら引退して悠々自適で暮らす」─そう夢みる投資家は多いが、なかなか実行できるものではない。完璧なサクセスストーリーを生き抜いた和三郎は、今伝説となりつつある。 |
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参考文献/
『相場師列伝』(第4部 佐藤和三郎/町田恒夫著)(東洋経済新報社・昭和51年発行)
『日本相場師列伝 栄光と挫折を分けた大勝負』(鍋島高明著・日経ビジネス人文庫・平成18年発行)
『J Coffeeの株式投資日記』(Website)
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佐藤 和三郎 (1902-1980) |
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1902年(明治35年)新潟県生まれ。小学校卒業後、単身上京。兜町で勤務したのち29歳で独立し、「佐藤商店」を創業する。終戦後、兜町に復帰。丸佐証券社長、合同証券社長を務め、国策パルプ、旭硝子、三越新株等の相場で活躍した。引退後は不動産業・ゴルフ場経営に転身。1980年(昭和55年)78歳で逝去。 |
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