| 母のために建てた故郷の邸宅は「遠山記念館」に |
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埼玉県比企郡川島町にある「遠山記念館」は、邸宅、庭園、美術館などを擁し、多くの見学者が訪れる。元一が没落してしまった生家を再興し、母のために住まいを建てようと誓って幾年月。兜町で成功し、まさに初志貫徹を成し遂げ、堂々たる邸宅を完成させたのは1936年(昭和11年)のことだ。元一の母は亡くなるまでの12年間、ここで静かに暮らした。
邸宅は茅葺屋根を持つ純日本建築で、現在は指定文化財。邸内には丁稚奉公に出た元一に宛てた「母からの長い手紙」など、貴重な資料も展示されている。手入れの行き届いた伝統的な日本庭園も必見だ。
また敷地内には美術館があり、元一が収集した染織、絵画、陶磁器、人形などの美術コレクションが展示されている。元一の遺徳を偲びつつ鑑賞したい。遠山記念館は田園風景のなかで伝統美を堪能し、静かにくつろげる隠れた観光スポットとなっている。
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動乱の時代を生き残り、戦後の復興期には日興証券ばかりでなく、証券業界の重鎮として存在感を発揮した遠山元一。比類なき成功を収めた堅実な勝負師として記憶に残る人物であった。 |
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参考文献/
『日本相場師列伝』(鍋島高明著 日経ビジネス人文庫)
『日興コーディアル証券ウェブサイト』
『日興コーディアルグループウェブサイト』
取材・協力/
財団法人 遠山記念館
埼玉県比企郡川島町白井沼675
TEL.049-297-0007 FAX.049-297-6951
http://www.e-kinenkan.com
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遠山 元一 (1890-1972) |
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1890年(明治23年)埼玉県生まれ。15歳で丁稚奉公のため上京。兜町の半田商店を皮切りに、株式仲買人として修行を積む。1918年(大正7年)に「川島屋商店」を創業して独立。1944年(昭和19年)日興証券と合併し、存続会社である日興証券の社長に就任。戦後は証券業界の健全化に取り組み、兜町の重鎮として存在感を発揮した。1952年(昭和27年)日興証券会長に就任後、1972年(昭和47年)82歳で逝去。 |
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