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伝説の勝負師たち

【Vol.10】ベンジャミン・グレアム

株式投資を学び始めると、必ず出会う理論がある。経済学者で投資家のベンジャミン・グレアムが唱えた「バリュー投資理論」だ。企業価値と比較して株価が割安に抑えられている銘柄を買い、長期保有で確実に利益を生み出す─簡単に言えば、安いときに買い、値上がりするのをじっくり待つという投資法である。ただし、成功するには徹底的な分析、さらに安全域を確保する工夫も欠かせない。ベンジャミン・グレアムは「株=投機」とされた時代で、資産を安全に守りつつ利益を生み出す「投資」に挑戦したのである。
頭脳明晰なるも、学究の道を捨てウォール街をめざす
1894年5月8日、ベンジャミン・グレアムはイギリスで生まれた。翌年になると、家族とともにアメリカ・ニューヨークに移民。父はアメリカンドリームを夢見て、陶磁器店「グロスバウム・アンド・サンズ」※1を開く。

その後、マンハッタン、ブルックリンと移り渡り、貧しくも平穏に暮らしていたが、ベンジャミンが9歳のときに父が逝去。残された母と末っ子のベンジャミンを含む3人の兄弟の生活は厳しいものとなっていく。楽観的な性格とはいえなかった母は、環境の変化に戸惑い、不安におびえる毎日を送るようになった。後年、ベンジャミンが財産を守ることを最重要視するようになったのは、このときの経験が潜在的に影響を与えたのではないかと推測される。

ベンジャミンはアルバイトをしながら高校を卒業し、コロンビア大学に進学。勤勉で真面目、かつ成績も優秀だったことから、大学から英語と数学の教職兼務で大学院生として研究生活に入るよう勧められた。しかしベンジャミンはその誘いを断り、ウォール街に赴いて、ニューバーガー・ヘンダーソン・アンド・ローブ社のメッセンジャーとして働く道を選択。優秀さが認められたのであろう、やがて調査レポートを書き、企業分析をするなど投資顧問として活躍するようになる。1917年頃には、投資雑誌に証券分析についての原稿を掲載するまでになった。
ベンジャミンの投資へのアプローチは数値的観念に基づく学問的、理論的なものだった



※1…… 「グロスバウム」は一家の本来の姓であった。第1次世界大戦中に、家族揃って「グレアム」に改姓している。
相場下落に遭遇、逆境の中で研ぎ澄まされた学究心
ベンジャミンは学生時代から数学をこよなく愛していた。ウォール街で活躍するようになってからも、彼の投資哲学は数学を基礎としていた。ひたすら数字を凝視し、分析し、結果を予測する─会社の業績や、経営者の性格などには一切関係なく、数値的観点から投資活動を行うという、これまでにないアプローチだったこともあり、ベンジャミンの名声は高まっていった。

1926年、遂にベンジャミンは投資運用会社である「ベンジャミン・グレアム・ジョイント・アカウント社」を設立。生涯の盟友であるジェローム・ニューマンとともに事業を展開してゆく。やがて政界、経済界の重要人物とも交流を持ち、多額の資金を運用するようになる。順風満帆の船出であった。

しかし、 1929年に株価大暴落。優秀で慎重なベンジャミンも相場の荒波に翻弄されてしまう。この時、多くの投資家が破綻、ベンジャミンの投資会社も大きな打撃を受けた。1929〜32年までの3年間で資産は70%も減少したという。借金で株を売買する信用取引を多く活用していたことも傷を大きくした。同じ時期にダウ工業平均が74%下落したことを考えると、相場全体の信用収縮にそのまま影響されたといえる。

この苦境の中、ベンジャミンはコロンビア大学ビジネススクールの夜間クラスで教鞭を取り、投資手法、証券分析などについて精力的に講義をした。当時の教え子にはウォーレン・バフェットをはじめ、ウィリアム・ルアーン、アービング・カーン、ウォルター・シュロス、チャールズ・ブランデスなどがいた。株価大暴落の最中に講義を続けることは精神的な重圧もあったはずだが、ベンジャミンの学究心はむしろ逆境の中で研ぎ澄まされたのかもしれない。
独自の理論と行動的検証─堅実な投資法の裏には波乱の私生活も
ベンジャミンは研究の成果をまとめ、著作活動に取り組むようになる。そこには大学の講義、投資家向けの講演、投資会社での実践などの成果も盛り込まれている。中でも、現在、投資理論書の古典と呼ばれ、ロングセラーとなっている「証券分析」(1934年初版)および「賢明なる投資家」(1949年初版)は、特に高い評価を不動のものにしている。

ベンジャミンとデビッド・L・ドッドの共著「証券分析」は、投資における数値的分析の重要性を提唱したもので、不朽の傑作と言われている。高度で専門家向けではあるが、そのエッセンスは一般投資家にも大きな影響を与えた。一方、ベンジャミン単独の著作「賢明なる投資家」は、一般投資家にも理解できるように分かりやすく書かれ、投資において大切な考え方や手法をアドバイスしてくれる。ここではバリュー投資※2や分散投資※3などが綿密なデータとともに推奨されている。積極的投資家や防衛的投資家などの立場に応じて書かれ、実践的だ。そのためか「賢明なる投資家」は“グレアム学派” 、“グレアム主義者”と呼ばれる経済学者たちによって現在も研究が進められ、何度も改訂版が出版されている。

ベンジャミンは数学的志向を持った人物だが、ギリシャやラテンの哲学や芸術にも造詣が深かった。そのせいか急に考え込んだり、放心状態になったりする傾向があり、車の運転は避けていたという。結婚生活に向いた性格ではなかったらしく、3度の結婚の末、晩年はフランス人女性と暮らした。この女性はベンジャミンの息子の元恋人だったという逸話付きである。投資と著作で財産を成してからは金銭的欲望から離れ、カリフォルニアで悠々自適の生活。その後南フランスでのんびり過ごし、1976年に82歳で永遠の眠りについた。

※2…… 真の企業価値よりも株価が割安に評価されているときに買う手法
※3…… いろいろな銘柄に資産を分散して投資し、リスクを軽減する手法
参考文献/
『証券分析』 (ベンジャミン・グレアム+デビッド・L・ドッド共著 パンローリング刊)
『賢明なる投資家』 (ベンジャミン・グレアム著 パンローリング刊)
『マネーマスターズ列伝―大投資家たちはこうして生まれた』 (ジョン・ トレイン 著 日本経済新聞社刊)
略歴 PROFILE
ベンジャミン・グレアム Benjamin Graham (1894-1976)
イギリス生まれのアメリカ育ち。コロンビア大学卒業後、ウォール街に職を得る。優秀な頭脳を駆使して数学的アプローチから投資を研究し、「バリュー投資理論」を構築。投資顧問会社を設立し、実践的検証に取り組む。著書には投資理論書の古典といわれる「証券分析」や「賢明なる投資家」などがある。
彼の言葉に「企業の業績が悪く、短期的見通しも暗く、市場全体に悲観ムードが漂い、株価が低いときこそ好機」、「投資にバランスシート以外は不要」などがあるが、実体価値分析と長期投資という姿勢があってこその至言である。
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