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| 2006年、ブランド総合研究所(東京都港区)が全国779都市を対象にした「地域ブランド調査」 で「最も魅力的な都市」の1位に輝いたのは札幌市だった。今回はそんな札幌市を紹介してみよう。 |
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| 美しく計画的な街づくりのパイオニア−「札幌」 |
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札幌市は、北海道の政治、経済、文化の中心として栄える国内屈指の都市である。北海道の道庁所在地でもあり、北海道の人口の約3割をも有する約187万人の政令指定都市だ。1869年(明治2年)に明治政府が開拓使を設置して以来、北海道開拓の拠点としてわずか100年余りの間に急成長し、1972年(昭和47年)には第11回冬季オリンピックが行われるまでになった。
当時の開拓では、アメリカのタウンシップを取り入れた計画的な街づくりが行われた。「条丁目」形式、いわゆる碁盤の目状に整然と区画された街並みづくりが採用され、当時の日本の常識では考えられない幅員100mを超える道路が設置された。この広い道路は、長い冬の暮らしで火災による被害の多かった当地の火防線※としても機能し、街を火災から何度も救った。 街は北を官庁エリア、南を市民のエリアとし、その南北の境界線とも言うべき「大通公園」が東西に走っている。
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| 大通公園は、冬になると、かの有名な「さっぽろ雪祭り」のメイン会場となる公園だ。この「さっぽろ雪祭り」は当初は地元の中・高生が雪像を数個公園に展示するだけの小さな雪祭りだったそうだが、今では国際的にも有名な巨大イベントになっている。そして「とうきびワゴン」が焼きとうもろこしを売り始める頃、その香ばしい香りが札幌の春を告げる。更に季節は巡り、夏になると、ビールメーカーや世界の地ビールなどが合同出展され、さながらビールの展覧会のような巨大なビアガーデンと化す。このように大通公園付近は、四季を通じて賑わう札幌市の中心なのである。 |
| ※…大火の延焼を防ぐための空き地を確保するもの |
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| 豊富な観光スポットと白虎隊?! |
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札幌市はその美しい街並みにレトロな雰囲気の建物が融合した景観も人気の一つといえるだろう。例えば、北海道庁旧庁舎(通称:赤れんが)は、ネオバロック建築の重厚な佇まいが歴史の重みを感じさせる。内部には、北海道開拓の歴史に関する資料などが一般向けに展示されている。また、札幌を訪れたらはずすことのできない観光スポットとして札幌時計台がある。「私たちは、時計台の鐘がなる札幌の市民です」と、札幌市の市民憲章にもうたわれているほど、札幌市民にとっては馴染み深く誇り高いものである。北海道大学の前身である札幌農学校の演武場として1878年(明治11年)に建築され、その4年後に東京赤羽の工場で製作された時計が設置された。1世紀以上経った現在も、片時も休むことなく時を刻み続けている。
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| 北海道庁旧庁舎(左)と、札幌時計台(右) |
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その他、札幌といえば、味噌ラーメンの発祥の地として全国的に有名だ。市内には約2,000件ものラーメン店が軒を連ねるというラーメンのメッカ。しゃきしゃきの野菜と味噌のきいたスープに黄色の縮れ麺。これが札幌ラーメンのスタンダードだという。
このように楽しさいっぱいの観光地である札幌市だが、生涯を札幌の電信電話の発展に捧げた重い十字架を背負った1人の男がいたことをご存知だろうか。「飯沼貞吉」─白虎隊唯一の生存者である。飯沼も白虎隊が自決した会津(福島県)の飯盛山で自害をはかるも、通りかかった足軽の妻に助けられ一命を取りとめたのだった。その後は会津に帰ることは耐えられないと、札幌で逓信(ていしん)省技師となり 、様々な技術改革に貢献し、一生を札幌で過ごした。亡くなってから数十年後、19人の白虎隊が眠る飯盛山に墓が建てられた。飯沼は90年の歳月を経てようやく同志の元に帰ることができたのだった。
開拓から130余年、本土とは違った歴史を歩んできた北海道、札幌市。今は全国でも人気ナンバーワンに輝く街であることを当時の開拓者達は知らない。目まぐるしくカタチを変えて発展しつつも、古きよき時代を残してきた。現在は、市内で唯一残された路面電車「札幌市電」の今後が注目されている。当面の廃止はなく、現在の路線から延長の計画もあるそうだ。どうか、いつまでも歴史と共存する街であってほしいものだ。 |
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