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| 北海道の中程に位置する夕張市は、近年、「財政破綻」のキーワードで有名になっている。明治初期に開発された当時は炭坑の街として活気に溢れていたが、1960年代のエネルギー革命で急速に炭坑が減少した後、財政は悪化の一途を辿った。しかし、もう一つの柱が観光であることはあまり知られていない。夕張は、新千歳空港から車で約1時間、札幌からも1時間半あまりという好立地の観光地でもある。今回は、そんな夕張の素顔をのぞいてみよう。 |
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| 炭坑・メロン・映画の街 |
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夕張の語源は、アイヌ語の「ユーパロ(鉱泉のわきでるところ)」だと言われている。明治初期に北海道開拓史が炭鉱の存在を調査し、北海道庁が大露頭を発見すると、一気に日本有数の炭坑地として栄えることになった。
昭和30年代の最盛期には、関連産業を含めて、人口が12万人弱にも上った。だが、なんと現在では日本で3番目に人口が少ない市だというから驚かされる。残念ながら、エネルギー革命と相次ぐ炭坑 |
事故もあって、炭坑の街としての夕張は、苦しい状況に立たされていく。その一方で、今も「夕張といえば、メロン」と連想する人も多い。メロン栽培は、耕作地が少なく、地味も乏しい当地で「少しでも単価が高い作物を」と、始められたものだ。当初は品種改良に試行錯誤が繰り返されたが、夕張の寒暖が激しい気候がメロン栽培に向いていたらしく、「夕張メロン」は、日本を代表する高級果物として定着するようになった。
もう一つ、夕張で忘れてはならないのが「映画」だ。1990年から「夕張国際ファンタスティック映画祭」が催されている。夕張市が財政再建団体となった2006年に、市は映画祭運営の打ち切りを発表したが、市民有志が2007年に「夕張応援映画祭」を開催。2008年3月にはNPO法人、「ゆうばりファンタ」が映画祭を再スタートする。さすがに、第1回日本アカデミー賞受賞作である「幸せの黄色いハンカチ」の舞台となった街だけあって、映画には力を入れている。 |
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| 今は懐かしい「昭和」が残る街 |
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| 炭坑の街として寂れるばかりの話ではない。夕張市内には、経済産業省が認める「近代化産業遺産」がたくさん遺されている。なかでも、炭鉱業最盛期にその動脈となっていた三菱石炭鉱業大夕張鉄道線の史跡は、鉄道ファンのみならず一見の価値がある。今は廃駅となっている南大夕張駅のホームには、当時の車輌が保存されている。 他にも、夕張が栄えた時代を遺すものは数多い。炭鉱業の歴史を遺す石炭の歴史村、夕張市石炭博物館をはじめ、石炭の大露頭は北海道の指定天然記念物であり、日本の地質百選にも選ばれている。 |
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| 見所が多くアクセスのよい観光地。自然に触れる旅も人気 |
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北海道ならではの雄大な自然も、夕張の魅力の一つだ。なんと夕張岳(1,668m)は、山全体が国の天然記念物に指定されている。その理由は、夕張岳固有の高山植物だけでなく、北海道全域の高山植物が見られるからだ。
また、滝の上公園は夕張の美しい渓谷を一望できる。公園がある場所は、元々アイヌ語で「ポンソウカムイコタン(渓谷の美しいところ)」と呼ばれていた地。秋の紅葉に彩られた渓谷は、まるで燃えるように見える。
夕張市は、日本で3番目に財政再建団体に認定された不名誉を持つ。しかし、その観光資源は他に例を見ない。北海道に数ある元・炭坑の街の中では最も活性化されているという評価もある。何よりも、新千歳空港からほど近く、道外からの観光には最適の立地条件。札幌、富良野や帯広、旭川といった北海道の代表的観光地ともアクセスが比較的良いところがポイントだ。
徐々に財政再建が進む夕張市には、北海道の自然と夕張にしかない文化が芽生えている。北海道を訪れた際には、一度訪れてみると様々な発見があるだろう。 |
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