| マイナス経営とブランドの確立 |
 |
 |
王石率いる「万科企業集団」は、かき集めた資金を元手に市当局保有の土地を入手し、マンションや工場特別区などを矢継ぎ早に開発していった。それと同時に、同社の株価も高騰を続ける。株式上場を果たした91年には、同社は不動産、貿易、製造、映画製作も手掛ける総合商社へと変身していた。そして、王石はここから10年の歳月をかけて、不動産業を事業の中心に据えるよう方向転換を図っていった。
従来の華人経営の特徴は、華僑財閥に代表されるように、1つの業種からスタートし徐々に手を広げて”コングロマリット”を形成していくのが成功パターンであった。実際、当時の中国企業の海爾(ハイアール)はそれを踏襲したプラス経営と呼ばれ、 「万科企業集団」はマイナス経営と呼ばれていたという。
王石は自社製品が多種多様な産業に及んでいながら、ブランド製品を作り出すまで手が回らないことを自覚していた。そこで他社が多角化を図るなか、 「万科企業集団」はさまざまな部門をリストラしていく方向をとった。それが同社の現在の発展を支えているという。
王石の不動産業経営の特徴はもう1つある。同社が不動産業界へ参入したときに、中国にはなかった不動産物件管理という理念も同時に導入したことだ。これは、輸入代理販売事業での取引先、「ソニー」のアフターサービスからヒントを得たものだったという。アフターサービスがリピーターをつくり、収益につながることを王石は知っていた。当時の中国デベロッパーは、建物を建てて販売するだけだったが、同社は物件管理サービスを導入した住宅開発を主に手掛けたのである。
|
深センから出発した住宅開発は、92年には上海、北京、天津、瀋陽、成都へと広がり、大規模な住宅団地も売り出した。さらに「万科城市花園」のブランドも確立。90年代の後半から現在にかけては、新しいブランドマンションも次々に生み出し、2004年には、上海で売り出した複数の物件が投資潜在力を備える十大物件に認められたという。
「万科企業集団」は、2004年の上四半期の総資産が約118億元(約1兆6300億円)、純利益は約1億5000元(約21億円)に達する企業へと成長した。王石は今後も同社を住宅産業でのさらなるプロ集団に育てる方針で経営を進めている。
|
|
 活気ある上海の街並 |
|
|
 |
 |
| 王 石(ワン・シー) Wang Shi |
| (1951−) |
 |
| 中国生まれ。従軍を経て1983年に大学を卒業後、現代科教儀機展銷中心に就職。88年、同社は「深万科企業股分有限公司(現・万科企業集団)」に改組改称、91年に株式上場する。同年より総経理(社長)、董事長(会長)職を兼任。99年より董事長職に専念。
|
|
 |
|
|