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| この土地はなぜこのような名前になったのだろう……と、ふと疑問を持つことがある。地名の由来がわかれば、その土地の過去を垣間見ることができるかもしれない。
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| いにしえの時代に思いを馳せる 由緒正しき地名たち |
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東京都内の多くの地名は、江戸時代の武家社会に由来するものが多い。例えば、「銀座」は、1612年(慶長17年)、幕府が銀貨鋳造のための役所を創設したことから、このような名称になったのは有名な話だろう。当時は「新両替町」という名称だった。
また、その時代は、武家屋敷があった町と町人が住む町に分けられ、町人の住む町では、住民の職業が町の名称になっているところも多かった。例えば「日本橋人形町」は、付近に、中村座、市村座などの歌舞伎や操り人形芝居などの小屋が多くあり、人形職人や商人たちが多く住んでいた。このことから俗に、「日本橋人形町」とよばれていたが、昭和8年に正式な町名になったという。
一方、武家屋敷があった町は、武士の名前が地名として残っていることが多い。「有楽町」は、徳川家康に仕えていた織田信長の弟、有楽斎長益の屋敷、「永田町」は、永田氏の屋敷があったことから名前が残っている。「紀尾井町」は紀伊徳川氏、尾張徳川氏、彦根井伊氏の各大名屋敷が軒を連ねた地で、この付近の坂を「紀尾井坂」と呼んでいたことからそのまま町名になったという。
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また、「六本木」は、木にまつわる苗字のある六大名(上杉氏・朽木氏・高木氏・青木氏・片桐氏・一柳氏)の屋敷があったからとも、大きな松の木が6本あったからとも言われている。さらに「半蔵門」は、服部半蔵の忍者団がこの門を警護していたことからついたらしい。
新しいところでは新宿の「歌舞伎町」。戦後、コマ劇場一帯を復興するため歌舞伎劇場を誘致しようとしたが、実現せず町名のみが残った。文化的にしたかったこの地域、「名は体を現す」と言うが、思惑どおりにいかなかったケースもあるということだろう。 |
| 生まれる地名、消えゆく地名 |
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昨今、企業の合併も目新しいものではないが、それに負けず劣らず、市町村合併の話題も世間をにぎわしている。合併により、新たな地名が生まれたり、昔ながらの愛着ある地名が消えていく。数百年の歳月を経て受け継がれていく地名もあれば、生まれる地名、消えゆく地名もある。
生まれた地名には、それまでの日本の地名の常識を覆すものもあった。2003年4月、山梨県の白根町・若草町・櫛形町・甲西(こうさい)町・八田(はった)村、芦安村が合併してできた「南アルプス市」。市の名前に西洋語が使用されるのは、史上初ということで、当時は相当騒がれもしたが、今となっては、案外しっくりしている感もある。西洋語であるとともに、カタカナであることも、それまでの常識からは逸脱していた。カタカナが使用されるのは、現在の沖縄県沖縄市が、1974年までは、「コザ市」と呼ばれていた時以来という。ただし、「コザ」とは当時のアメリカ軍が「胡屋」を「Koza」と書き誤ったことに由来しており、西洋語ではない。
追って近頃、長野県の中央アルプスのふもとに位置する長野県駒ヶ根市・上伊那郡飯島町・上伊那郡中川村の3市町村は、合併による新市名を「中央アルプス市」とする方向で進んでいたが、住民投票と意向調査の結果、2005年2月28日、白紙撤回が決まった。また、同じカタカナ新市名で注目を集めていた、愛知県の美浜(みはま)町と南知多町の合併新市名、「南セントレア市」。このほど開港した中部国際空港の愛称にちなんで候補に挙げられていたが、奇しくも同日、合併自体の白紙撤回という結末を迎えた。合併はもちろん、新しい地名が生まれるのも楽ではないらしい。
最後に、新地名の由来としておもしろい例がある。昭和50年11月に埋め立てにより誕生した千葉県浦安市の「舞浜」だ。ディズニーリゾートを誘致したこの地は、本場であるアメリカ・フロリダ州・マイアミビーチにちなんで、マイアミのマイ(舞)とビーチ(浜)で、「舞浜」と命名された。しゃれのような本当の話である。
このように生まれた新地名も、何十年、何百年もの歳月を重ねた後に都市の様相が変わり、地名だけが残るということもあるだろう。そして、またいつの日か消えて行く日がくるのかもしれない。地名にはその土地の歴史が詰まっているのである。 |
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