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【Vol.22】50年ぶりに生まれ変わる、東京駅のもう一つの顔

「丸の内口」と「八重洲口」─東京駅には2つの顔がある。1914年(大正3年)、後の東京駅となる「中央停車場」の開業時に丸の内口が誕生。一方、八重洲口は、外堀が埋め立てられ外堀通りになった後、1929年(昭和4年)に誕生している。八重洲口の顔とも言うべき鉄道会館ビルが建設されたのは戦後のこと。それから半世紀、大型ビルが建ち並ぶ丸の内口に比べ、地味な印象が強かった八重洲口が、いよいよ生まれ変わる。
八重洲口は、実は丸の内だった
八重洲の地名の由来が、オランダ人のヤン=ヨーステンの屋敷があったことにちなむという事実は、歴史に詳しい方ならご存じのことだろう。しかし実際には、彼の屋敷は内堀通り沿い、現在の丸ビルと三菱ビルの近くにある。現在の八重洲口近辺には、「遠山の金さん」でおなじみの北町奉行所があった。もともと、丸の内は「外堀の内側」を指す地名で、八重洲はその中の一部に過ぎなかったのだ。現在の地域が「八重洲」として定着したのは、東京駅八重洲口ができてからのことである。

2008年現在、丸ビル、新丸ビルをはじめ、大企業の本社が建ち並ぶ丸の内に比べて、小振りなビルがひしめき合う八重洲。新幹線の利用口として、長距離バスの発着場として、「人が通り過ぎる場所」と認識されている。東京に住む人の多くが、わざわざ東京駅の八重洲口に行くことは少ない。また駅舎も、丸の内口は建築史上でも名高い赤煉瓦の駅舎だが、八重洲口は無骨な鉄道会館ビル。どこかあか抜けない、そんな雰囲気が八重洲口には漂っていた。
1914年(大正3年)12月14日に開業した東京駅。日清・日露両戦争に勝利した後の一大イベント(12月18日開催)だった


先進の機能と美しさを兼ね備えた、南北にそびえるツインタワー
ツインタワーとペストリアンデッキ完成後のイメージ そんな八重洲口が2007年の10月末に変わった。現在、東京駅は「Tokyo Station City」として再開発が続けられ、日本橋口のサピアタワー、丸の内駅舎を創業当初の姿に復原するなどのプロジェクトが進行している。その一環として、JR東日本、三井不動産、鹿島八重洲開発、新日本石油により、八重洲口の南北に超高層のツインタワー、「グラントウキョウ」が完成した。サウスタワー(地上42階地下4階建)、ノースタワー(地上43階地下4階建)は、「光の塔」をモチーフに、世界的建築家ヘルムート・ヤーン氏によってデザインコンセプトが形作られている。高透過ガラスによる外観は美しさだけではなく機能美に溢れ、夜もライトアップされた姿で目を楽しませてくれる。

サウスタワーには(株)リクルート、ノースタワーには大和証券(株)など、日本を代表する企業が入居しているが、そのオフィスフロアも高いセキュリティ性能はもちろんのこと、オフィスとしては破格の天井高2,950mmで開放感が溢れる空間となっている。また、リクルートが入居するフロアには、オフィス内に社員専用の託児所も用意されているのも注目すべき点だ。

両タワーの低層部は、それぞれ商業施設が入居している。ノースタワーの地下1階から13階までは、これまで鉄道会館ビルに入っていた大丸東京店が装いも新たに開店。また、ノースタワーに隣接するPCP丸の内ビルB1F〜2F、サウスタワーB1Fには、商業施設「GranAge(グランアージュ)」が展開されている。飲食店だけではなく、コンビニ、歯科、リラクゼーションサービスが軒を連ねる。またサウスタワーにあるBMWショールームは、3台の可動式プラズマディスプレイのスクリーンパネルが道行く人の目を奪う。


丸の内を超えるのか、双子ビルが生み出す効果
2013年春頃には、両タワーが長さ240mのペデストリアンデッキとそれを覆うグランルーフで結ばれる。これには、東京湾からの海風を遮ることなく丸の内側に吹き抜けさせ、ヒートアイランド現象を抑えるという説もある。

これらが完成するのを待たずとも、このツインタワーの存在は、八重洲の印象を大きく変えることが期待されている。ツインタワーに出入りするビジネスマン達の流れもさることながら、これまでオフィス街として認識されていた八重洲に「ショッピング」という要素が付加されるのだ。

これまで、東京駅近くでショッピングといえば「丸の内」、休日の八重洲は閑散としていた。それが、「丸の内と八重洲どっちに行く?」と迷うことになりそうだ。ペストリアンデッキで、東京湾から吹く風を肌で感じる日はそう遠くない。

今まで東京の都市開発は、高度経済成長期の新宿、池袋から渋谷、最近では品川、六本木にその話題の中心があった。今回の東京駅八重洲口再開発で、改めて東京駅の価値が見直されている。「人が通過する街」だった東京駅周辺。これからは、「人が集う街」になることだろう。
長さ240mのペストリアンデッキとグランルーフ。(完成イメージ)
今までの八重洲口とは全く異なる雰囲気になる
取材協力・写真提供/東日本旅客鉄道株式会社 事業創造本部
参考文献/Tokyo Station City ホームページ 
http://www.tokyostationcity.com
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